シュリが大学を中退した理由は?学歴・出身校を当時の想いや学生時代のエピソードと共にまとめ

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個性的で、さまざまな役柄を見事に演じ分ける事ができる女優の趣里さん。

小柄な外見からは想像できない程、多くの人を引き付けるパワーをもつ女優さんですね。

すでに皆さんが周知のことだと思いますが、父親は俳優の水谷豊さんで母親は元キャンディーズで女優の伊藤蘭さんというサラブレッドの家系に生まれ育つも、女優として大輪の華をさかせるまでは、2世であることをひた隠しに努力を続けた後に、多くの人が認める実力ある女優になられました。

趣里さんと言えば、元々は4歳からクラシックバレエを習いケガで挫折して、女優への道を歩まれていますが、学生時代から現在に至るまで、様々な葛藤の中での学生時代をすごされてきました。

せっかく頑張って大学受験の資格を取得し進学できたのに、退学してしまった理由も気になります。

そこで今回は、趣里さんの学歴・出身校と共に、大学を退学した理由も含め、学生時代の時に感じていた思いやエピソードをご紹介します。

ぜひ、最後まで読んでみてくださいね(#^^#)

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趣里の学歴・出身校一覧表

まず最初に、一目でわかるように趣里さんがこれまで通った学校を一覧にしてご紹介しますね!

この後、学生時代の想いと共に1つ1つ、見ていきたいと思います。

小学校
入学年月 1997年4月
卒業年月 2003年3月
桐朋女子中学校中学校
偏差値 44~48 入試難易度
入学年月 2003年4月
卒業年月 2006年3月
アーツエディケーションスクール(高校)
偏差値 入試難度
入学年月 2006年9月?
卒業年月 2008年中退
日本大学 芸術学部
偏差値 52.5~55 入試難度 普通
入学年月 2009年4月
卒業年月 2012年中退

趣里の学歴・出身校|大学

趣里さんの大学のアクセスマップと公式ホームページ

https://www.art.nihon-u.ac.jp/

出身大学:日本大学芸術学部 偏差値 52.5~55(普通)

趣里さんの出身大学は、日本大学芸術学部です。

2009年4月に日本大学芸術学部へ入学し、2012年頃、退学しているようです。

まず、趣里さんが日本大学芸術大学に進学した理由は、4歳から本気でバレリーナを目指していた中、17歳でケガを経験したことが、大きなきっかけでした。

医師からは「もう、これまでのようには踊れないだろう」と告げられ絶望を感じていたのですが、いろんな人に会っているうちに少しずつ傷が癒え、「前を向いていかなきゃ」と思い直して高卒認定をとって、芸術学部のある大学に進んだそうです。

4歳から17歳まで思い描き努力してきた将来の展望が、1日にして途絶えてしまった時の想いは、計り知れないものでしょう。

辛い経験をされましたね。

そして高等学校卒業程度認定試験大学入学の資格を得て、2009年に母の母校でもある日本大学芸術学部演劇学科に入学しています。

生きていくにはどうしたらいいかなって考えていた中で、英語力を生かして、将来は「空港のグランドホステスみたいな仕事もいいのかなぁ」と漠然と思いつつ、大学を受験されて進学したようです。

趣里が大学を中退した理由

趣里の本名は水谷趣里。水谷豊、伊藤蘭の一人娘だ。4歳からバレエを習い、中学卒業を機にロンドンにバレエ留学したがケガで断念。高等学校卒業程度認定試験を受けて大学に進学するも女優を志し中退、演技学校で勉強した。
文春オンライン 出典

その後、バレリーナへの未練もあって、大学へ通いながらリハビリをしながらバレエの練習を続けていた趣里さん。
しかし、医師の診断通り、以前のように踊れることは出来なくなっていました。

バレエの道を断念し、大きな挫折を経験した趣里さんは、大学生の時も、失意の中で就職活動など将来を模索する日々を送りながら、やはり表現する世界が好きだった事から、お芝居の勉強を始めました。

勉強を始めたきっかけは、舞台を観に行った際に、とある事務所の方から「お芝居に興味あるんだったら、レッスンしてみる?」と声をかけられたのが、最初でした。

舞台とバレエは違えども、また違った表現の美しさを舞台には感じられ、興味をそそられたそうです。

「結局私の身体には表現や芸術が染み付いていて、あらためて表現することが好きなんだと思えました」
※IDインタビュー出典。

ところが最初は、演技レッスンが全然馴染めず、「演技はやはり自分には無理かな」と思っていた時に、塩谷俊さんが主宰していたアクターズクリニックに出会った事で転機が訪れます。

これまでコンプレックスを抱えていた趣里さんに塩屋さんが「「お前は大丈夫だから頑張れ。女優を続けていけ」」と認めてくれた事で、楽になって芝居が面白くなりさらに学びたいと思うようになったといいます。

そして、大学2年生の時に受けたドラマ「3年B組金八先生」のオーディションを受け、見事合格。

2011年に放送されたTBS系「3年B組金八先生ファイナル直前同窓会スペシャル・ファイナル」で女優デビューを果たすと、次々を出演作品が増えていき、13年に公開された「おとぎ話みたい」では映画初主演をつとめるほどに、その実力は多くの人から認められるようになりました。

そして大学4年生の時に中退されていますが、中退理由は本人からは明かされていないものの、学業と芝居の両立が多忙によって難しくなったのでしょう。

4年生で中退されているという事は、単位を取るのが難しかったことも予想できますね。

何年かかってでも卒業する事は出来ると思いますが、自分は表現することが好きなんだなと感じていた趣里さんは、大学を辞めるという選択を決断をされたのだと思います。

大学を辞めるにも勇気がいる事だと思いますが、バレエの挫折経験から、役者として今度こそ大輪の華を咲かせたいという思いが強くあったのではないでしょうか。

今の活躍ぶりをみると、表現者としてひた向きに役者という仕事と向き合いたかった趣里さんの選択は正しかったのだと思います。

趣里の学歴・出身校|高校

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趣里さんの高校のアクセスマップ

出身高校:Arts Educational Schools

趣里さんの出身高校は、Arts Educational Schoolsです。

趣里さんは都内のインターナショナルスクールに3ヶ月間在籍後、オーディションに合格して15歳の時に高校に稽古中のケガによって、治療の為帰国する関係で、中退しています。

オーディションを受けて、ロンドンのArts Educational Schoolsという学校に通いました。午前中は授業を受けて、午後はバレエレッスンをしていましたね。

当時のケガについてこのようにインタビューでお話されています。

でも私、骨折して、アキレス腱も痛めてしまって、怪我が原因で辞めることになってしまったんです。

レッスン中、ジャンプの着地の時に足を変な方向についたまま、続けてジャンプしたら足に体重以上の負荷がかかって。「あ、捻挫した」って思ったんですけど、捻挫どころじゃなかった。いろんなことがこんなにも脆く、あっという間に消え去ってしまうものなんだなって思いました。それが17歳くらいの時です。

バレリーナとしての道を閉ざされた趣里さんは、後に女優へ転身されますが、舞台に興味をもった原点は、16歳の時に夏休みで帰国した際、日本で観た岩松了さんの『シェイクスピア・ソナタ』という舞台を見てハマったことだったようです。

バレエは、セリフがない分、観ていて想像を掻き立てられるところがあるという趣里さん。

岩松さんの作品も、考える余韻を残してくれるところに共通点を感じたようですね。

ケガでバレエ人生に幕を閉じることになった時に、岩松さんの作品を思い出したと言います。

中学生から高校時代の10代の女の子って、本来は友達と遊んだり買い物へ行ったり、カフェで長時間お茶をして、恋の話をしたり、キャピキャピ、青春時代を過ごす人が多い中、バレエ漬けの毎日を送っていた趣里さん。

頑張った分だけ足の痛みよりも、心の痛みの方が深かったことでしょう、、、

朝起きた時に足が痛いということが信じられず、毎日のように泣いていたそうです。

17歳であじわった絶望でしたが、なんとか前向きに考えるように思考の転換をされていて、本当によくがんばりましたね。

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趣里の学歴・出身校|中学校

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趣里さんの中学のアクセスマップと公式ホームページ

https://chuko.toho.ac.jp/

出身中学:桐朋女子中学校中学校  偏差値 44~48(易)

趣里さんの出身中学校は、桐朋女子中学校中学校でした。

趣里さんは20034月に入学し、2006年3月に卒業しています。

高校の入学と同時に、バレエ留学をされていますが、本格的にプロを目指そうと思ったのは、中学生の頃からのようです。

日本は窮屈だと感じるようなり、中学校2年生の頃から「何かを変えたい。海外に行けたらいいな」という気持ちが芽生えていったといいます。

中学生で日常を変えたいと思って、海外留学を一人でされていて、自立心がものすごいですね。

インタビューでは「女子校では、思春期の女の子同士の細かなやり取りが面倒だった」と明かしていたので、同世代の子たちよりも、中学生の時には精神年齢がだいぶ大人だったのではないでしょうか。

もしかしたら、一匹狼タイプでもあるのかもしれませんね。

わたしもどちらかというと、学生時代に、同世代の女の子たちが、みんなで休憩時間に一緒にトイレに行って(連れション)おめかしする風習が、当時からちょっと苦手だななんて、中学時代に感じていたタイプなので、趣里さんが14歳くらいの時に、何かを変えたい思った感覚もわかるような気がします。

趣里の学歴・出身校|小学校は私立?

趣里さんは1997年4月に小学校へ入学し、2003年3月に卒業しています。

小学校がどこだったのかは明らかにされていませんが、出身校である桐朋女子中学校への推薦を受けることができる桐朋小学校又は桐朋学園小学校である可能性が高そうですね。

小学校時代のエピソード

趣里さんは、幼い頃は内向的でとても静かな子だった事から、両親が4歳からバレエを習わせたようです。

最初は、レッスンに行く事がイヤイヤだった為泣いている趣里さんを、両親から引っ張り出されて行っていたそうです。

なんとなくですが、引っ張り出したのは父親より、母の伊藤蘭さんがやってくれてそうですね(*´ω`)

そして、そうこうしているうちに徐々に楽しくなっていき、小学5年生の時に憧れの『くるみ割り人形』の主役・クララを演じた事でさらにバレエに夢中になっていったそうです。

環境の変化が怖かったという趣里さんが、10代で留学を決断するとは、その成長ぶりにビックリですね。

他の人よりも伸びしろが多い方なのだと思います。

趣里が大学を中退した理由は?学歴・出身校・当時の想いや学生時代のエピソードも まとめ

趣里さんが努力によって、今の地位を確立されてきた事がわかりましたね。

今回は、

趣里さんが大学を中退した理由

趣里さんの大学はどこ?

趣里さんの出身中学・高校について

趣里さんが役者をめざしたきっかけとなったのは何?

趣里さんの出身小学校とどんな子供だったのか

について調査しました。

今回のまとめ

  • 趣里さんの大学は、母と同じ日本大学芸術学部出身
  • 趣里が大学を中退した理由は、俳優業が多忙になった為で、ひた向きに表現者として向き合いたいと思ったからではないか。
  • 趣里さんがバレエ留学した理由は、中学2年生の時に、女子校での日常に違和感を感じ何かをかけたいという思いが芽生えた事があったから。
  • 趣里さんの高校は、オーディションを経てロンドンのArts Educational Schoolsへ入学するも、足のケガで断念し、中退。高速の資格は帰国後に取得。
  • 趣里の小学校は明らか内されていない。

子供ながらに挫折を経験した趣里さんは、誰よりも逞しく、そして自らの力で輝きを手に入れました。

両親の七光り無くして、光る事ができた趣里さんは、とても高いエネルギーを持った方だと思います。

これからの活躍も、ますます楽しみですね!応援しています。

と言う事で今回は最後までお読みいただきありがとうございました。

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