宮沢氷魚の母と父も有名人!家族構成は5人で両親とのエピソードもまとめ

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フレッシュなルックスと王子様のようなキラキラオーラをまとっている俳優の宮沢氷魚さん。

デビュー以降、女優の杏さんの相手役を務めた日本テレビ系ドラマ『偽装離婚』やNHK朝ドラ『ちむどんどん』など、話題作に数多く出演しています。

プライベートでは芸能一家としても知られている宮沢氷魚さんですが、ご家族について詳しくもう少し知りたいな~という方向けに、今回は以下について深掘りしてご紹介したいと思います。

氷魚さんはお父さんにそっくりだよね!

この記事で分かる事。

  • 宮沢氷魚さんの家族構成
  • 宮沢氷魚さんの父と母がどんな人なのか。
  • 宮沢氷魚さんの両親とのエピソード。
  • 宮沢氷魚さんのきょうだいについて

サクッと読めますのでぜひ最後までチェックしてみてくださいね♪

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宮沢氷魚さんの家族構成は、以下の5人家族です。

父親:宮沢和史さん

母親:光岡ディオンさん

宮沢氷魚

弟:宮沢海実

妹:宮沢琉歌

あれ?父親の出身地って確か、沖縄じゃないけど、妹さんも弟さんもなんだか沖縄っぽい名前なんだね。

宮沢氷魚さんの父親は、90年代の大ヒット曲「島唄」や「風になりたい」のシンガーソングライターで元「THE BOOM」のボーカル・宮沢和史さんです。

宮沢和史さんについては、みなまで言わなくても、この曲だけで説明は十分なのかなって思います(*’▽’)

宮沢 和史 プロフィール

読み方:みやざわ かずふみ

別名: MIYA
生年月日: 1966年1月18日
身長: 171cm
出身地: 山梨県甲府市
学歴: 明治大学経営学部卒業
職業: ボーカリスト、シンガーソングライター、俳優
担当楽器: ボーカル、ギター、三線
活動期間: 1986年 –
所属バンド: THE BOOM

「島唄」は沖縄の曲だけど、お父さんは、山梨県の方なんだよね。
なぜ、沖縄の曲を作ったんだろうって気になった人は多いんじゃないかな?

の宮沢和史さんが、沖縄の曲を作った理由は、当時、既にTHE BOOMとしてデビューしていた20代半ばに初めて沖縄を訪れた時、沖縄戦の真実を知り、様々な想いが募った事からだったようです。

島唄は大ヒットしましたが、当時は、沖縄と本土の間には見えない壁があって、本土の人が三線を持つ事や琉球音階を使う事に批判的な目があったそうです。
でも、想いを込めて歌い続けていれば理解してもらえると信じ続けてきたといいます。
その後、沖縄の音楽界、民謡界の方々と楽しく付き合えるようになったのですが、実感したのは、局の発表後20年くらいたってからだったのだとか。
あの当時、父の宮沢さんが沖縄の方じゃないと知って、「沖縄の方からの批判的な声はあるだろうな~。」と思って聞いていましたが、やっぱり華やかなヒットの裏ではご苦労があったんですね。
でも『島唄』を、批判にも屈せず歌い続けてきてくれた事を、今では多くの人が感謝しているのではないでしょうか。
その証拠に、世代を超えて、今も多くの人に愛され歌われているからです。
そこまで、の宮沢さんが沖縄への想いが強いのは、もしかしたら、あくまで夢物語みたいな感想ですが、前世とか、遠い先祖とかが沖縄と関連していたのかもしれませんね。

父とのエピソード

宮沢氷魚さんが子供の頃は、父の出身地である山梨に旅行に行くことが多かったそうです。
山梨で、父と弟の男3人で温泉につかり、野球など他愛もない話をするのが好きだったのだとか。
アーティストとして多忙な中、父は、宮沢氷魚さんが入っていた野球チームに時々コーチ出来てくれて、しっかりと他の子にも指導してくれたのが、今思うと、貴重なオフの時間も家族で過ごす努力をしてくれていたんだなと感謝しているそうです。
周りはブームの人だ!!ってわかっていたのかな?
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宮沢氷魚の母はタレントの光岡ディオン

宮沢氷魚さんの母親は、ニュース番組や音楽番組でパーソナリティとして活躍していたタレントの光岡ディオンさんです。

光岡ディオン プロフィール

読み方:みつおか でぃおん

生年月日: 1965年7月15日
出身地: 神奈川県
学歴: 国際基督教大学教養学部語学科卒業
職業: パーソナリティ、タレント

の光岡ディオンさんは、アメリカ人と日本人のハーフなので、宮沢氷魚さんは、クオーターという事になります。

だから瞳が茶色くてきれいなんですね。

ハーフで英語が堪能だったことから、「Weekend Japanology」や「CNNヘッドライン」など、英語力を活かした仕事で活躍されていました。

宮沢氷魚がデビューする時、両親(父・母)に相談しなかった理由

宮沢氷魚さんの生まれは、アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコですが東京育ちです。

幼稚園から高校までインターナショナル・スクールに通い、アメリカで生まれたのでいつかアメリカに行ってみたいとずっと思っていた事から、大学1年から2年は、アメリカに留学をされています。

最初は、芸能人である両親がいつもいないことから好きではなかったものの、中学3年の時にのライブへ行ったら、お客さんが感動しているのをみて、『やっぱり格好いいな』と興味を持ったそうです。

大学生の時に再び、芸能界に対しての想いが強くなって、両親に内緒で芸能事務所「レプロエンタテインメント」に履歴書を送り、2015年6月に同事務所所属となりました。

の存在が宮沢氷魚さんの人生に、一番大きく影響しているということですね。

なお、両親に内緒にした理由は、反対されると思ったから。

母親には、最終面接で報告したところ、「学校を卒業するまではいいよ。」と、母はバイト感覚だと思ったようです。

には絶対反対されると思ったことから、事務所の契約書にサインをしてから報告したそう(笑)

案の定、その時、からは「向いてない」と言われたそうですが、いまとなっては、その言葉を撤回してくれているのではないでしょうかね。

父と母からの教えは「謙虚でいなさい」「胸を張って自信を持ちなさい」ということ。

「謙虚で、でも自信持っていないと長持ちしないよ」

この言葉をいつも心に留めている宮沢氷魚さんは、この教えを言ってくれた両親に、とても感謝しているそうです。

芸能界だけでなく、『謙虚と自信』ってセットで成功者にとって必要不可欠な要素ですよね。

この教えがいつも年頭にある宮沢氷魚さんだからこそ、いつも誠実で、かつどこか余裕があるように見えるのかもしれませんね。

そんな宮沢氷魚さんは、両親と仲が良いものの、お互い程よい距離感をもっているようです。

いい感じに距離がある。全部を全部を話しているわけじゃないし、親の全部を知ってるわけじゃない。じゃないと、今後ずっと親がいないと生活できないのかなって不安になります。

親か子供のどちらかが依存し合う関係って多いと思いますが、大人になったら自立しないとどちらかが足を引っ張ってしまって、立派な大人になれないんですよね。

程よい距離感を保てる家族って、実は一番良い関係なんだろうなって思います。

宮沢氷魚さんがこんなに自立しているのは、子供の頃から両親の仕事が忙しかったから、長男の宮沢氷魚さんが「早く大人にならなくては」と思っていた事が影響しているようです。

その為、反抗期もなかったのだとか。

たしかに反抗期、なさそうですね。

宮沢氷魚のきょうだいは弟と妹

・宮沢和史さんと・光岡ディオンさんの間には、長男の宮沢氷魚さんの他、次男と長女が誕生しています。

長男は「氷魚(ひお)」、次男は「海実(かいみ)」、長女は「琉歌(るか)」という、キラキラネームがとても印象的ですね。

の宮沢和史さんは、大の釣り好き、そして沖縄が好きな事から次男も長女も、海や沖縄を印象付ける感じが使われているのではないでしょうか。

ちなみに、弟さんは2歳年下で、妹さんは4歳年下なのだそう。

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宮沢氷魚の母と父も有名人!家族構成は5人で両親とのエピソードも! まとめ

宮沢氷魚さんの活躍がすばらしいですね!

ミドル世代から上の年代は、父親のイメージが強いものの、ティーン世代の方にとっては、ご存じない方も多いかなと思い、今回は宮沢さんのご家族、特に父親・母親にスポットを当てて、ご紹介しました。

それでは、今回のまとめです。

  • 宮沢氷魚さんの父親は、大ヒット曲『島唄』のボーカルの宮沢和史さん。
  • 宮沢氷魚さんの母親は、パーソナリティの光岡ディオンさん。
  • 宮沢氷魚さんの家族構成は、5人家族。
  • 宮沢氷魚さんのきょうだいは、2歳年下の弟さんと4歳年下の妹さんがいる。
  • 宮沢氷魚さんは父のかっこいいらいぶの姿に感化され芸能界に両親に内緒で応募した。
  • 両親の教えである『謙虚+自身を持つ』という事が基盤となり現在につながっている。
俳優としてのこれからの宮沢氷魚さんの活躍はもちろんのこと、父の宮沢和史さんやの光岡ディオンさんご家族からも、目が離せませんね。

という事で、今回は最後までお読みいただきありがとうございました。

宮沢氷魚のプロフィール

宮沢 氷魚 プロフィール

読み方:みやざわ ひお
生年月日: 1994年4月24日
出生地: アメリカ合衆国・サンフランシスコ
出身地: 東京都
身長: 184 cm
学歴: 国際基督教大学卒業

事務所: レプロエンタテインメント