大谷亮平が韓国でデビューした理由・ブレイクしたきっかけ・逆輸入俳優で日本に戻った理由は?韓国代表作もまとめ

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こんにちは!あいです。

『韓国で最も活躍している日本人俳優』としてブレイクし、現在は日本で活躍の場を広げているイケメン逆輸入俳優の大谷亮平さん。

日本では、人気ドラマ「逃げ恥」でハイスペックなイケメンを演じた事で注目を集めましたが、大谷亮平さんの芸能界でのスタートは韓国から始まり、向こうで12年間活動してきた俳優さんです。

その為、第二のディーンフジオカとも言われているんですよね。

端正な顔立ちに加え、スポーツで鍛えたスタイルの良さと爽やかな中にあるワイルドさが魅力的で、大人女子のハートを鷲掴みにしています。

それにしても、大谷亮平さんは生粋の日本人ですが、なぜ韓国でブレイクしたのでしょうか。

そして、12年間も過ごした韓国での活躍の拠点を、なぜ日本に戻したのでしょうか?

何か心境の変化があったのでしょうか。

という事で今回は『大谷亮平が韓国でデビューした理由・ブレイクしたきっかけ・逆輸入俳優で日本に戻った理由は?韓国代表作』について、ご紹介します。

1分で読めるようにまとめましたので、最後まで読んでみてくださいね♪

大谷亮平の芸能界デビューのきっかけは、学生時代の挫折が原点だった

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小学校4年生から始めたバレーボールで、才能が開花し、中学生の時には、スパイカーとして高く評価され、高校ではバレーの強豪校にスポーツ推薦で進学した大谷亮平さん。

高校時代には3年生でキャプテン、そして大阪代表選抜チームの主将も任されましたが、この頃から明らかに自分よりも力のある選手がいることを知り、完全に打ちのめされ、初めての挫折を経験したそうです。

この事から、バレーボール選手になる夢を諦めたものの、これまで勉強をおろそかにしながらバレーボールに打ち込んできた事から、大学は1からの受験は無理だと感じ、バレーボールの特待生として、亜細亜大学に推薦進学をしました。

※メンズノンノインタビュー出典

バレーボールの道が途絶えた大谷亮平さんには、当時やりたい事がわからず、とりあえず東京の大学に進学する事を決めたそうです。

しかし、大学に進学するも、やはり将来やりたい事がなく、あっという間に4年が経過してしまいます。

大学を卒業してから進路については、会社勤めに対してイメージがわかず、結局、就職活動はしなかったそうです。

そんな時に、アルバイト先だった喫茶店の先輩が、モデルの仕事をしていた事から「大谷くんなら絶対いけるよ。やってみたら」と誘われ、半信半疑でモデル事務所の人に会いました。

すんなり採用がきまったそうです。

事務所に所属すると、広告やファッション誌などの撮影がちょこちょこ入るようになります。

大谷亮平さんは、これまで長きに渡りバレーボールというスポーツのめちゃめちゃ熱い世界で、感情の起伏を体験してきただけに、モデルはそこまでの情熱を感じる事はできず、今後も絶対に続けたいという思いはなかったそうです。

大谷亮平が韓国でブレイクした理由やきっかけ

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そんな中、大谷亮平さんヘ転機が訪れます。

大学を卒業した翌年の2003年、韓国のダンキンドーナツのCMのオーディションの話が舞い込みます。

韓国のダンキンドーナツのCMオーディション当日に、大谷亮平さんに連絡が入ったのですが、大谷亮平さんは、外出先だった事からオーディションを受ける事を断わりました。

しかし、その後も同じオーディションの連絡が2回入り、3回目を断った時に、先方がどうしても会いたいと言ってきた事から、正直そこまで乗りきではなかったものの、国内の動画撮影のオーディションを受けました。

そして後日、合格の連絡を受けた際に、初めて超大がかりなCMの企画である事を知ったそうです。

このダンキンドーナツのCMは、これまでは韓国の大スターであるイ・ビョンホンさんら、人気韓国スターが務めていた大役で、次は韓国で無名の新人』を採用して話題性を集めたかった事から、当時無名だけれどもスター性があった大谷亮平さんが選ばれたようです。

ちなみに歴代のダンキンドーナツのCMは、イ・ビョンホン氏、キム・ジェウォン氏、イ・ミンホ氏、テウン氏などなどが勤めています。

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イ・ビョンホン様~♡
かっこいい~

このCMは数か国で放送されることから、国籍がわからない顔をしていた大谷亮平さんは、監督のお眼鏡に叶ったようです。

そしてダンキンドーナツのCMで話題となった大谷亮平さんは、韓国の事務所にスカウトされ、2004年から韓国へ渡り、活動を開始しました。

気になるCMの画像をご紹介します♪

韓国では、ダンキンドーナツのCMに出るとスター街道まっしぐらと言われる程の大きな仕事だったのですが、大谷亮平さんはそれでも実感はわかず、韓国に渡った時に初めて、自分が韓国で人気になっていた事に気づいたそうです。

韓国に行くと「ダンキン、ダンキン」とあっという間に囲まれて驚いたそうですよ。

現地のスタッフさんから“街に出たら大騒ぎになるから、気をつけてね”と言われて、“まさか”と軽く受け流したんですが……本当でした。

明洞(ミョンドン)に着いて車を降りたら、ぶわーっと一瞬で人だかりに囲まれて。みんな僕の名前を知らないから、“ダンキン!”って連呼されながら、ポカンとしていました(笑)。喜んだり感動したりする余裕なんてなく……ただただ不思議な感覚でしたね」

このダンキンドーナツのCM出演がきっかけとなり、「あの男性は誰?」という事で韓国で予期せぬ大ブレイクとなった大谷亮平さんは、以降、『韓国で君を育てたい』と言ってくれる現地エージェントと出会い、家も語学学校も準備してくれるという言葉を信じ、渡韓。

最初は全く、韓国語ができない状態で飛び込んだ韓国芸能界でしたが、以降、数多くのドラマや映画に出演し、現在は韓国国内で大谷亮平さんの名前を知らない人の方が少ないくらいに、確かな地位を築きあげたのです。

大谷亮平が逆輸入俳優としてがブレイクした理由

韓国で数多くの人気作品に出演していた大谷亮平さんですが、2016年からは日本で活動の場を広げています。

日本でブレイクのきっかけとなった作品は、ガッキーこと新垣結衣さんと星野源さんが主演を務めるTBS系の人気ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ(以下、逃げ恥略)』で、ガッキーの叔母役を演じる石田ゆり子さんの恋の相手役として出演した事からでした。

大谷さんは、他にもフジテレビ系『監察医 朝顔』で山口智子さんと人目を忍んで会う役を演じていました。

さらに、「奪い愛、高校教師で、大谷さんは10代、30代、40代の三人の女性から奪い合われる高校の音楽教師役を演じました。

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このように、意外にも、大谷亮平さんのようなポジションの日本人俳優は少ないようです。

撮影コーディネーターなどを手掛ける、ライターの小林久乃さんがフライデーの記事で、このように明かしています。

・アラフィフ、アラカン年代の女優陣と対等に演技ができる俳優は日本では珍しい。
・年齢差のある女優との恋愛ドラマでの共演は、男性俳優側からするとリスクも高く、かなり慎重になるという話を聞いたことがある。

※ フライデーの記事出典

大谷亮平さんやディーンフジオカさんのように、海外での活動経験がある、まさに逆輸入俳優さんらは、日本だけで活躍してきた人達にはない「度胸があるのでは?」という事らしいです。

確かに、大谷亮平さんはあるテレビのインタビューで「(韓国の)現場はゆったりしてない。過酷で向こうの俳優さんって、心臓が強いんですよね。こっち側で監督が怒ってても、私は私!と言う感じで堂々としている」と語っていたように、海外で12年間も俳優をされていると、自然と強さが染みついてきているのだと思います。

さらに、昨今、40~50代の大人の女優の活躍が目立っている日本ですが、その恋愛対象となる年齢層や雰囲気を持った男性役の素敵な感じの方がそれほど多くないように感じます。

40代、50代の美しい女優さんを相手にできるポジションの恋愛シーンにぴったりな、油が乗りすぎていない、スマートな雰囲気のある男優さんが、まさにぴったりと当てはまるのが大谷亮平さんではないでしょうか。

大谷亮平の韓国での代表作

<俳優としてのデビュー作 2006年>

シチュエーション・コメディ番組「ソウルメイト~恋人たちのダイアリー~」。

この作品で、大谷亮平さんは、日本から来たファッションモデルで包容力のあるクールガイ、リョウヘイ役を演じています。

リョウヘイは、スタイリッシュでどこへ行っても注目されるイケメンで、男を虜にするプレーガール・ミネに誘惑されて交際を始めますが、挑発的な彼女をすべて受け入れるクールな男です。

<大ヒットとなった代表作>

・2011年、映画「神弓-KAMIYUMI-」で映画初デビュー。

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韓国では約800万人の動員を記録し、2011年のナンバーワンヒット作となった「神弓-KAMIYUMI-」

主人公ナミと熾烈な戦いを繰り広げる敵軍、清の将軍リュ・スンリョン(チュシンタ役)の右腕であるノガミ役を鋭い目つきで見事に演じています。

口が不自由な役でセリフはありませんが、大谷亮平さんはこの作品で重要な役を演じています。

・2014年、映画『鳴梁(ミョンリャン)』

1700万人以上の観客を呼び集めた映画。

重要性の高いジュンサ役を演じています。

耳が裂けるほどの大ケガの中でも撮影をストップさせないほど真剣に臨んだ作品でした。

・2014年、ドラマ「朝鮮ガンマン」では、「ソウルドラマアワード2014」グローバル俳優賞を受賞しています。

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朝鮮王朝末期、時代の変わり目に生きた男の愛と運命を描いた作品で、主演イ・ジュンギの強固な助力者・カネマル役を演じています。
第18回でイ・ジュンギに代わって銃に撃たれて無念の死を迎えますが、重要な役どころでした。

「バトル・オーシャン/海上決戦」の日本軍兵士ジュンサ役。

大谷亮平さんが演じたのは、日本軍兵士ジュンサ役で、李舜臣将軍の武道に憧れ、投降して朝鮮側に立った人物です。

日韓問題があった事から、この作品の出演には、自分自身よりも周囲にとても心配されたそうです。

大谷亮平さんが演じたジュンサ役は、自身の本音を隠したまま、日本軍の決定的な情報や作戦を調べて李舜臣将軍に教えるスパイ役です。

「シナリオを読んですぐ心配になりました。スパイじゃないですか、とりあえず。父も『よく考えて出演しなさい』と心配していました。それでもジュンサを演じるというプレッシャーとは比べ物にならないほど『バトル・オーシャン/海上決戦』の映画的な魅力に惹かれました。

最初に大谷亮平さんが最初にキャスティングされたのは別の役だったそうですが、数日後に、監督から「を日本人の俳優に演じてもらいたい」という事で、大谷亮平さんの役が変わった事を電話で告げられたのです。

勇気と信念を持って挑戦した「バトル・オーシャン/海上決戦」は、撮影中、動揺や多くの葛藤がありましたが、日本人である自分がこの作品に出演できた事は誇りともなったそうです。

その他、大谷亮平さんの韓国での代表作

【ドラマ】
『ソウルメイト』(06/MBC)、『東京、天気雨』(08/SBS)、『家に帰る道』(08/KBS)、『九家の書』(13/MBC)、『朝鮮ガンマン』(14/KBS2TV)【映画】
『弓』(11)、『鳴梁(ミョンリャン)-渦巻く海』(14)【バラエティ】
『ルームメイト2』(14/SBS)

大谷亮平が日本に戻った理由

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日本では逆輸入俳優として話題となり、甘いマスクにワイルドな雰囲気が人気となった大谷亮平さんですが、12年間も韓国で活躍してきた現在、なぜ、活動の拠点を日本に移したのでしょうか。

その理由は、モデルから俳優となり、お芝居の楽しさを知るにつれて、韓国では、演じられる役に限りがあることを感じ、もどかしさが募ったそうです。

その一番の理由は言語です。

韓国語が流暢で上手な大谷亮平さんですが、韓国での作品の多くが、言葉が少ない役だったり、日本人役を多く演じてきました。

「朝鮮ガンマン」でも韓国語のセリフはほとんどないのですが、その理由をこのように明かしています。

韓国語の台詞を言いたかったが、今まで演じた役がすべて真剣な役だったので、韓国語の台詞にしてしまうと違う感じになるとおもってやめた。かえって韓国語の台詞が日本語の台詞に変わるケースがあった。

さらにウェブ版のメンズノンノの取材でも、帰国を選択した理由をはっきりとこのように明かしています。

「日常生活に困らない程度には韓国語を話せましたが、ネイティブと同じレベルではないし、うまく発音できない単語もたくさんあった。だから、どうしてもセリフが少ない役や外国人役に偏るんです。連続ドラマの主演に言語が流ちょうじゃない外国人を使わないのは当然だし、納得はしていたけど……やっぱり歯がゆさがあった。物語の中心人物になれないことが続くにつれて、モチベーションを維持するのが難しくなったんです。認知度は上がってもこの悩みは一生つきまとうんだろうな、と気づき、帰国という選択肢を考えるように。」
※メンズノンノインタビュー出典

言葉の壁によって、大谷亮平さんができる役が限られ、先が見えていると感じていた時の2015年秋に、釜山国際映画祭で現在の事務所であるアミューズのスタッフと出会い、日本に戻る事を決めたそうです。

そうして、名残惜しさはあったものの、役者としてさらなる活躍の場を広げるべく、日本に帰国しました。

そして、アミューズの大先輩である福山雅治さんが主演していたドラマ「ラブソング」の途中からの出演が決まり、2016年、日本でのドラマデビューを果たし、以降数々の作品で頭角を現しています。

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大谷亮平プロフィール

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大谷亮平

読み方:おおたに りょうへい

生年月日:1980年10月1日生まれ

出身地:大阪府出身

身長  :182cm

体重  :72kg

血液型 :O型

特技  :殺陣、乗馬

趣味  :バレーボール

事務所:アミューズ

2003年に放送された『ダンキンドーナツ』のCMへの出演をきっかけに、韓国でブレイク。2004年に拠点を韓国に移し、2006年に『ソウルメイト』で俳優デビュー。数多くのドラマや映画に出演する。2016年に帰国し、同年『ラヴソング』で日本のドラマデビューを果たす。『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年)、『奪い愛、冬』(2017年)などで注目を集め、わずか5年で20作以上のドラマに出演。

2003年に放送された『ダンキンドーナツ』のCMへの出演をきっかけに、韓国でブレイク。2004年に拠点を韓国に移し、2006年に『ソウルメイト』で俳優デビュー。数多くのドラマや映画に出演する。2016年に帰国し、同年『ラヴソング』で日本のドラマデビューを果たす。『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年)、『奪い愛、冬』(2017年)などで注目を集め、わずか5年で20作以上のドラマに出演。

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大谷亮平が韓国でデビューした理由・ブレイクしたきっかけ・日本に戻った理由は?韓国代表作もまとめ

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今回は、大谷亮平さんと韓国とのご縁、そして日本での活躍のきっかけについてご紹介しました。

今回のまとめです。

・大谷良平さんが芸能界に入った理由・きっかけ
<小学校4年生の時からバレーボールにすべてを注いできたが、高校時代に挫折し、プロをあきらめた事で路頭に迷っていたところ、アルバイト先の先輩からモデルのアルバイトに誘われ、気軽な気持ちで始めた。

・大谷良平さんが、韓国でデビューしたきっかけとブレイクした理由
<モデルだった大谷良平さんは、韓国のダンキンドーナツのオーディションで監督の目に留まり、新人発掘をされた。

・大谷良平さんが、日本に戻った理由
<日常生活に問題ないレベルの韓国語も、韓国人と同じようなネイティブとまではいかず、韓国では役の幅が広がっていかないと限界を感じたタイミングでアミューズからお声がかかった。

韓国と言えば、今や日本は韓流ブームで、数多くの韓国ドラマを日本国内で見る事ができますが、大谷亮平さんが韓国へ行く時はまだ、日本には韓国ブームが始まっていなかったそうです。

ヨン様ブームが訪れる前から渡韓していた大谷亮平さんですが、学生時代にバレーボールの試合で過去に2回程韓国を訪れた事があり、それが海外に初めて行った経験でもありました。

きっと元から、韓国との縁があったのかもしれないですね。

最初から日本のみで芸能活動をスタートしたら、芸能界で今現在のようなポジションは与えてもらえなかったかもしれないと思うと、人生とは不思議なものです。

そんな大谷亮平さんは、これからもきっと、日本国内だけでなく韓国そしてアジア各国で活躍される俳優になっていかれること間違いないでしょう。

大谷亮平さんの活躍がこれからもたのしみですね!

マイベストフォーユーはこれからも大谷さんを応援してまいります。

という事で最後までお読みいただきありがとうございました。