『若大将シリーズ』の青大将役で注目を集め、『仁義なき戦い』等数々のヤクザ映画に出演していた俳優の田中邦衛さん。
田中邦衛さんといえば、81年からスタートした『北の国から』で、北海道・富良野で子供たち二人を育てる黒板五郎を演じ、厳しさの中に温かい人柄をにじませた親父像が、人々に感動を与え、絶大な人気を誇る名優でした。
そして、そんな田中邦衛さんは、いつの日からかテレビに、その元気な姿を見せることがなくなり、2021年3月24日午前11時24分、老衰のため、家族に見守られながら、安らかに旅立たれたそうです。
88歳でした。
田中邦衛さんは、いったいいつから、どこで闘病生活をされていたのでしょうか。
今回は、名優田中邦衛さんの闘病生活の足取りを時系列で振り返りたいと思います。
田中邦衛 おくやみ 家族のコメント全文
長年、応援してくださったファンの皆様をはじめ、多くの方々に支えられ、心に残る数々の作品に出会い、幸せな役者人生を歩むことが出来ました。
ここに、生前の御厚誼を心より感謝いたしますとともに、謹んでお知らせ申し上げます。
故人は、最期の日まで、皆様からの励ましを支えに、前向きに生きる気力と、周囲への感謝を持ち続けていました。
すばらしい医療・介護チームのサポートのもと、私たち家族も、共にかけがえのない時を過ごすことができました。
葬儀につきましては、静かに見送ってほしいとの故人の希望により、過日、家族葬の形で執り行いました。
御香典、御供花などは、お気持ちだけありがたく頂戴し、辞退させて頂きたく、お願い申し上げます。
また、お別れ会・しのぶ会などにつきましても、実施する予定はございません。
これまでお世話になった皆様、お一人お一人に御挨拶申し上げるべきところ、誠に勝手ながら、故人の遺志をご理解頂ければありがたいです。
出演させて頂いた作品を通し、故人を思い出して頂くことがあれば、幸甚に存じます。
重ね重ね、どうもありがとうございました。
2021年4月2日家族一同
田中邦衛さん…88歳にもなられてたんだ…
最近余りお見かけしなかったけど…
寂しいですね…
ご冥福お祈り申し上げます…— aoisora (@AoisoraHisa) April 2, 2021
田中邦衛さんがお亡くなりになった。また昭和の名優が…
仕方がないこととはいえ寂しいことです。
ご冥福をお祈りします。#田中邦衛さん— 高杉’Jay’二郎(三枝亭二郎) (@SmileMessenger) April 2, 2021
田中邦衛さん亡くなったのか…昭和のスターがどんどん居なくなるのは寂しいけど仕方ない😭
— あるぱか🍑@PIGGS推し (@negitoroda) April 2, 2021
田中邦衛が最後に公に姿を見せたのは2012年
田中邦衛さんが、最後に公の場に姿を見せたのはいったい、いつだったのでしょうか。
それは、2012年6月29日に心不全のため亡くなった俳優・地井武男さんのお別れの会が8月6日、東京・青山葬儀所で営まれた時の事でした。
地井武男さんとは「北の国から」で共演し、共演者の7人が次々と「言葉」を伝え、最後に「北の国から」の出演者を代表して田中邦衛さんが祭壇の前に立つと、
「おいら、何度言われても信じられないよ。去年の暮れに来てくれたけど、あれは別れに来たのか? 3ヶ月前の4月に電話をくれたな。手紙もくれた。会いたいよ、地井に会いたいよ!」
と、涙をこらえながら、思いを伝えている姿が印象に残っています。
地井武男さんお別れ会。田中邦衛ら800人 http://t.co/g6szFvi0 pic.twitter.com/pxjvbcBE
— オバター (@Kimi_Oba) August 6, 2012
その後の、2015年「北の国から」のプロデューサーであった中村敏夫氏のお葬式の際には、姿を見せていない事から、この頃にはすでに闘病生活に入られていたのではないでしょうか。
ではいったいいつから、闘病生活が始まっていたのか、もう少しさかのぼりたいと思います。
田中邦衛 俳優業を引退報道 2013年
田中邦衛さんが80歳の時でした。
記事の内容によると、記者が直撃すると、田中邦衛さんは、ほうきとちりとりを持ち、にっこりと挨拶されたそう。
俳優業について尋ねられると、
長ゼリフが入らない。
という理由から「もう引退したんだ」とも、話されていたようです。
すぐさま、妻がかけより、田中邦衛さんを部屋の中へ連れていったとか。
この「週刊ポスト」が発売された同日、フジテレビ系「ノンストップ!」では、電話の取材に奥さんが応じています。
そして、田中邦衛さん俳優業の継続は「体力的に厳しい」と奥様がお話されていました。
普通に考えると、80歳なので、人によってはお元気な方もいらっしゃいますが、確かに体力勝負の撮影現場は年齢的に厳しいでしょう。
俳優のお仕事としては、2010年に公開された映画「最後の忠臣蔵」で奥野将監を演じて以来、俳優活動はされていませんでした。
2011年頃までは、講演会やイベントに出席し、多忙だった俳優活動ではないところで、ファンとの交流を楽しまれていました。
田中邦衛 老人ホーム生活 2015年
2015年10月30日号の『週刊ポスト』で、田中邦衛さんが、介護付き有料老人ホームに入居していることを報じました。
記事によると、田中邦衛さんは、高熱で入院した事をきっかけに歩くことが困難となり、車椅子での生活を余儀なくされたそうです。
この時の年齢は82歳でした。
実際に近所の方からも目撃情報がありました。
これまでタクシーで通院していた田中邦衛さんが、2015年の夏頃に、車いすに乗ったままママワンボックスカーに乗せられたのを目撃して以降、田中邦衛さんの姿をみていないと報道されていました。
この時は、奥様が
「(本人は)“しっかり足を治して自宅に帰ってくる”と言っている」
と語っていましたので、自宅に戻ることを目標に、老人ホームでリハビリに励んでいたようです。
田中邦衛 認知症を患っていた?2017年
「10月に週刊誌で報じられた記事がきっかけですね。田中邦衛さんが老人ホームから自宅に帰ってきたというんです。2年前に歩行困難になって、車イス生活になっていたのが徐々に回復に向かっており、“元気になっている”という奥さんの証言もありました」(スポーツ紙記者)
田中さんの病状は回復しておらず、闘病生活を送っている。
と、再び闘病生活が報道されました。
この頃には、認知症の症状が出ていたと、週刊女性が報じています。
「体調はあまりよくないと聞いていますよ。認知症の症状も出ているという話です。年齢も年齢ですので、以前と同じように元気になるとは考えにくいでしょう。
本当に施設を出る場合でも、それが必ずしも回復したとは限りません。最後に住み慣れた自宅に戻りたいという人もいます。そうでなければいいのですが……」(テレビ局関係者)
最初は、マスコミに追われているから余計に意地になってしまったところもあったのか、この頃すでにひとりではお風呂に入ることがでくらいの田中邦衛さんに寄り添って、妻は、泊まらずに老人ホームに日帰りで帰らせていたようですが、帰宅したのはわずか、その後も、老人ホームにお世話になる事になったようですね。
また、2017年の 『週刊女性』が近所の人に聞いたお話によると、
「はっきりいって、田中さんの体調は回復していません。認知症もかなり進んでいるようです。施設を出てからは家の2階にこもりきりで、外にはまったく出てこないようです。奥さんが沈んだ表情で周囲に話していたと聞きましたよ……」
と、認知症も、晩年は、だいぶ進んでいたそうです。
田中邦衛 老人ホームの施設名や場所はどこ?
家賃や食費を含めて月額20万円程という事で、頑張れば、一般サラリーマンが最後に貯金して入る事も出来るような感じです。
もちろん個室は用意されていますが、食堂やホールなど他の入居者さんと共同の部分が多いようです。
また、アクセスや場所についてですが、近くに住む次女が車で奥さんを迎えに来て、一緒に施設まで行っていたそうです。
奥様のご自宅が、横浜市という事からも、横浜市のどこかの老人ホームではないでしょうか。
「奥さんと娘さん、ほとんど毎日お見舞いに行っています。
近くに住む次女が車で奥さんを迎えに来て、一緒に施設まで行くんです。日が暮れるまで田中さんと一緒に過ごしていますよ。差し入れの食事を持ってきて、お体をケアしてあげてね。田中さんも、家族と過ごす時間が何よりも嬉しいそうです。一日も早く車いす生活を脱して自宅に帰るために、毎日リハビリに励んでいるそうです」2015年ニュースポストセブン出典
田中邦衛の家族について
妻(嫁)との馴れ初め
田中邦衛さんの奥様の名前は、田中康子さんです。
一般女性という事から、詳しい事は非公開ですが、二人の出会い・馴れ初めだけ過去に報じられた事がありました。
田中邦衛さんが俳優座の時に、同期生の家でご飯をごちそうになった際に、その同期生の妹さんに惹かれていったそうです。
そう、その妹さんというのが、奥様の康子さんです。
(奥さんの)第一印象はよそよそしい女の子って感じだったな。おみやげにまんじゅうを買っていっても、うれしそうな顔をしないし・・・
でも、ミシンを踏んだり、夕方の買い物に出かけたりするのを見て、いいなあって思ってたんです。平凡なところに惚れたのかな。
と、語られたそうです。
子供たちは2人
【#ちなミニ】
ちなみに #田中邦衛 さんの長女は、NHK元ワシントン支局長で国際報道2016でキャスターを務めていた田中淳子さん。現在はNHKの広報局長の重職を務めています。 pic.twitter.com/SDiFeVgFOz— Ken Sugar🌏 (@ken_sugar) April 2, 2021
田中邦衛さんと妻の康子さんとの間には、二人の女の子供さんがいます。
長女の田中淳子さんは、上智大学外国語学部を卒業し、NHKに記者として入局、さらに元NHKワシントン支局長をされています。
かなりのスーパーエリートです。
●1988年NHKに入局し、静岡放送局で2年半勤務し国際部へ。
●ワシントンDC特派員→国際部サブデスク→横浜放送局→再び国際部配属。
●2006年にはNHK初の女性海外支局長としてシドニーに着任。
●アメリカ合衆国ワシントン支局へ異動、2013年2月から3年間女性初の支局長を務めた。
●2016年国際部デスクへ。
●2016年4月より国際報道キャスターとして活躍。
●国際放送局国際企画部長就任。
●2020年4月広報局長就任。
次女の田中千恵子さんは一般のお仕事をされているようです。
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田中邦衛の闘病生活はいつから?どこの老人ホーム施設?家族との絆や妻との馴れ初めが素敵 まとめ
俳優・田中邦衛さんの闘病生活を時系列で振りかえりました。
田中邦衛さんをずっと支えてきた妻の康子さんとの関係がとても素敵ですね。
最後は体力が徐々に弱り、認知症を患っていた田中邦衛さんを、もう何年もマスコミがスクープしようと追いかけている中も、妻がスッと出てきて、懸命に守り、支える姿を報道が出る度に知り、感動しました。
特に再び、老人ホームに戻るまでの自宅での介護がどれほど大変だったことでしょうか。
最後は、田中邦衛さんらしiく、家族に見守られながら、安らかに旅立たれましたね。
今頃天国で、地井武男さんとお酒を酌み交わして、思い出話に花を咲かせているのではないでしょうか。
田中邦衛さん、私たちに、感動と優しさを与えてくださり、本当にありがとうございました。
どうか、天国で幸せに暮らしてくださいね。
ご冥福をお祈りいたします。